週末二日をかけて「ストップ・プレス」(M.イネス著/富塚由美訳/国書刊行会)を読んだ。五百ページを越す大作なのに、事件らしい事件が全く起こらず、ミステリになりさうでならない微妙な線を延々と引き伸ばして行く怪作。名作や傑作とは言ひ難い。枝葉を切り落として骨組だけ見れば、トンデモと言ふか、バカミスと言ふか……アリかナシかで言へば、これはない。この作品をアンチ・ミステリやポスト・モダンの文脈で持ち上げるのは間違ひではないか。単にイネスの直球探偵小説がこれなのである。
しかし全編に渡つて、いかにもオックスフォードのインテリらしい、しみじみとしながらもひねくれたユーモアが横溢してゐて、またところどころに非常に美しい詩情もあり、これが私の愛するイネスだよ、と嬉しくなる。この五百ページをにやにやしながら最後まで楽しく読める人が、イネスを読むべく選ばれた人である。ちなみに、イネスは "stop press" といふ言葉が気に入つてゐたのか、既に「ハムレット復讐せよ」の中にもこの語が(確か一度だけ)出て来た。
ところで最近、私の生活全般、特に災ひもなく、むしろ良いことがちらほらあるやうな。色川武大の「九勝六敗理論」からして、これではいけない。何か無理をしてゐるか、他の人に皺寄せしてゐるか、いづれにせよフォームを乱すことになる。早い内にどこかで、大怪我をしない程度に負けなければ。さうだ、宝くじを大量購入して盛大に外れてみる、と言ふのはどうだらう。