帰りの車中で読んでゐた「黄金」(D.フランシス著/菊池光訳/ハヤカワ文庫)、読了。主人公はまたアマチュア騎手で性格もいつもの通りだが、今回はストーリィが異色。なんと、かなり本格的なフーダニット、つまり犯人探し。
主人公の父親は主に黄金の取引で伸し上がつた大富豪で、過去五人の妻とそれぞれの下に子供がゐる。この大富豪を殺さうとしてゐる人間が家族の中にゐるのだがそれは誰か、といふ問題に、二番目の妻の息子である主人公が取り組む。もちろんフランシスのことだから、何かミステリらしい仕掛けやトリックがあるわけではなく、妻たち、子供たちそれぞれの生活や性格、心理を通して、夫もしくは父親を殺す動機を探つて行くことが主眼になつてゐる。
他のフランシス作品と比較して面白いかと言はれると、良くて中程度の出来だとは思ふが、異色作ではあるし、フランシスらしくぐいぐいと読ませ、けして読後に読んで損をしたとは思はせない。それはやはり、フランシスらしい類型的な登場人物を通してではあるが、人間の持つ素晴しい部分、醜悪な部分を見事に描く能力によるのだらう。