週末の読書(M.イネス研究)。「霧と雪」(M.イネス著/白須清美訳/原書房)。「修道院」と呼ばれる屋敷に集まつた上流階級の親戚一同。「わたし」がただならぬ緊張感に気付く中、屋敷の主人の書斎でその甥の銀行家が銃撃される。事件の勃発とほぼ同時に到着したアプルビイ警部は、「わたし」をワトソン役に選んで捜査を始める……
イネスの特徴の一つであるユーモアやプラクティカルジョーク、ドタバタ喜劇の味は、この作品にはほとんどないが、ミステリとしてのプロットの精緻さはベスト級か。特に、単純な見かけの事件に対し、至近距離から撃ちながらどうして的を外したのか、という微妙な問題を手がかりに、登場人物それぞれが次々と七通りもの仮説を披露する終幕が素晴しい。しかもそのどれとも異なる真相のあつけなさが妙にリアル。
なほ、この「霧と雪」でも、登場人物の小説家「わたし」が自分の作品からの引用でからかはれる場面などがあり、そしてこの「霧と雪」自体が「わたし」の作品と言ふことになるのだが、イネスはつくづくこの手のメタ風味を好んだものと思はれる。