M.Innes "Death at the President's Lodging" 讀了。傑作だ。やはり第一作にはその著者の全てがある。本格ミステリの枠組みをとりながら、隙あらばその関節を外して行くオフビートぶり、古典の教養あふれる英国的衒学、ドタバタ喜劇、知的で皮肉、多重の解答と説明、作家が小説に登場し登場人物がこの小説を書くメタ趣味。マニアがマニアのためにマニアを書いた作品。まさにイネス成分全部入り。
この作品は随分と昔に木々高太郎によつて翻訳されてゐるが(「学長の死」(東京創元社/1937年))、そのまま絶版になつてゐる。入手困難なので私は讀んでゐないが、復刊するか、もし翻訳がもう一つならば、新訳で出版すべきだと思ふ。私の個人的な好みもあるが、イネスの言はゆる代表作たちに勝るとも劣らぬ作品であることは間違ひない。
ちよつと前に作品が次々と翻訳されて、イネス再評価と呼ばれたりしたものだが、この第一作を翻訳出版せずして、真のイネス再評価はない、と断言してしまおう。時間をたつぷりかけてもいいなら、私が翻訳したいくらゐです。