ルイス・キャロルことC.L.ドジソンの 「何かある?何もない?」の翻訳を公開します( pdf ファイルへのリンク)。
1880 年代に "Educational Times" という雑誌の問題と回答コーナーで、 「線分上にでたらめに一点を選ぶとき、それが事前に指定した点と一致する確率は?」 という問題に対する議論が起こったときの、ルイス・キャロルの論考。 「答はゼロ」派と「答はある種の無限小」派の論争になり、キャロルは後者を支持した。
興味深いことに、キャロルは「答はゼロ」派を論破するために、 でたらめに選んだ一点が有理数である確率と無理数である確率を問うた。 つまり、指定した一点に当たる確率がゼロなら、 ばらばらの点を集めた有理数の集合だって、無理数の集合だってゼロだろう。 しかし、有理数か無理数の必ずどちらかなのだから確率は足して 1 のはずで、矛盾。 よって答はゼロではなくて、何か「ある」のだ、と主張した。 もちろん、このロジックは誤りだが、着眼点は鋭い。
現代の我々は測度論と公理的確率論を知っているので、 そもそも「でたらめに一点を選ぶ」ことの意味がきちんと定義されなければ問いにも意味がないこと、 また、一様な確率を設定した場合にはその答はゼロであり、 さらに、有理数になる確率もゼロ、しかし無理数になる確率は 1 であることを理解している。 しかし、測度論成立以前の当時の数学者たちは、 この問いにはまだ数学的な枠組みを与えられないことは理解していただろうが、 どうすれば点集合に矛盾なく自然な「長さ」を与えることができるのか、 誰も知らなかったのである。 "Educational Times" は学術誌ではないとは言え、十分にハイブロウな雑誌であり、 現代から一見して思うほどには、こういった議論が滑稽だったわけではないと思う。