「夫子憮然曰、鳥獣不可與同羣。吾非斯人之徒與、而誰與。
「論語」微子、第十八、六

2016/02/08

月曜日

一時間も寝坊して七時まで寝てしまった。幸せな人の最も幸せな瞬間は寝入る時、不幸な人の最も不幸な瞬間は目覚める時、と言ったのは誰だったかなあ……と思いつつ、寝床から起き出して、老猫に水とキャットフードをやり、自分には納豆定食と弁当を用意する。

今日も色々ありまして、夕方退社。帰り道で確定申告書を入手。帰宅して風呂に入ってから、夕食の支度。おからでワインを少々。さらに烏賊の一夜干しを焙って、山葵を添える。のち、鯵の味醂干し、黒米入りの御飯、豚汁。

2016/02/07

「消されかけた男」

昨日はディック・フランシスを読んだのだが、今日はある意味で対照的なヒーロー像として「消されかけた男」(フリーマントル著/稲葉明雄訳/新潮文庫)を読む。読了。再読だが内容をすっかり忘れていて、結末に驚いた。ミステリの古典的傑作を何度でも新鮮に楽しめることは、記憶力の衰えた老人の特権かも知れない。さすがに「アクロイド殺し」や「Yの悲劇」はまだ覚えているが、それもあと数年くらいで綺麗さっぱりタブララーサ状態になるかも知れず、今から楽しみだ。

昔は凄腕だったのだが、前線勤務二十五年、今は冴えない中年諜報部員チャーリー・マフィン。新時代の組織では邪魔もの扱いで、上からは疎まれ、若者からは馬鹿にされ、常に降格やクビ寸前どころか、同僚たちの罠で殺されかける始末。そんな徹底的に冴えない窓際族の主人公が、敵も味方も全部敵という状況の中を狡猾に立ち回って、とにかく最後は生き残る。やはり傑作。名作「別れを告げに来た男」に鼻の差で次点くらいか。

ディック・フランシスの主人公のような高潔さ、「紳士たるものは」や「スポーツマンシップ」はチャーリー・マフィンとは無縁である。チャーリーはこの小説の冒頭で、罠をかいくぐって生き残るために、保険の「退路」として気の良い青年を罠にかけ、その青年は無惨に死ぬ。ディック・フランシスの主人公なら絶対にこういう真似はしない。それは卑怯だから。しかし、チャーリーの世界では卑怯よりも、愚かさこそが罪なのである。

とは言え、二つの世界それぞれの主人公は明暗と言ってもいいほど対照的なのに、読後の爽快感に共通するものがある。おそらくそれは階層の差はあれ、俗物たちに打ち勝って自分を守り抜く、という点にあるような気がする。

2016/02/06

「連闘」

8 時過ぎまで寝てしまった。いつもの休日用の簡易的な朝食。朝風呂に入って、「連闘」(D.フランシス著/菊池光訳/ハヤカワ文庫)を読み始める。「侵入」の続編。毎回、設定を変えるディック・フランシスには珍しい。

昼食は土曜日の決まりで、お好み焼きとビール。午後も「連闘」の他は家事。納豆を仕込んだり、里芋を煮たり。夕食は鯖の白味醂干しを焼いて、おから、里芋の煮物、大根千切りの味噌汁。

夜の湯船で、「連闘」読了。珍しく続編を書いただけあって、設定が気に入っているのだろう。主人公はいつも通りなので、おそらくカシリア王女の造形か。「侵入」、「連闘」とも軽い作品だが、読んで良かったと思える佳作。人生に必要なものは、そして苦難の時こそ守らねばならないのは、礼儀とユーモアと自分の楽しみであるなあ。

2016/02/05

洋杖

帰宅して風呂に入り、「百鬼園随筆」(内田百閒著/福武文庫)。先生が帽子と外套を錬金術で手に入れて、さらに洋杖(ステッキ)も新しくしたいな、と思う「百鬼園新装」。そう言えば、私もそろそろステッキを使う年頃ではないかな。

湯上がりに、赤豆入りのおからでワインを少々。やれやれ今週も何とか週末に辿り着いた。今週の労苦は今週で足れり、来週は来週みづからが思ひ煩はん。