一昨日と昨日の移動の車中で、「まるで天使のような」(M.ミラー著/黒原敏行訳/創元推理文庫)を讀了。最近、「田村隆一ミステリーの料理事典」(三省堂)を讀んで、意外と讀み殘してゐる古典的名作があるものだな、と思つたことが切掛け。マーガレット・ミラーなんか一作も讀んでゐないぞ、と。
マーガレット・ミラーと言へば、ロス・マクドナルド夫人で、ニューロティックかつ恐怖小説的なスリラーが得意、くらゐが私の全ての知識だつた。私はその手の作風があまり好きではないので、未讀のままになつてゐたのだらう。
「まるで天使のような」は流石、名作と言はれるだけのことはあつた。もちろんベストテン級ではないし、ベスト 100 級ですらないかも知れないが、この幕切れの印象深さは素晴しい。欠点は、この新訳版のあとがきで我孫子武丸氏も書いてゐるやうに、事件が「極めて地味」で、ぼんやりとしてサスペンスも薄いことだらうか。しかも、(ここが味噌でもあると私は思ふのだが)、事件だけを箇条書きのやうに書き下すと、讀者の誰でも真相に気付いてしまふだらうと思ふほど、単純。
しかし、山中に隠棲する新興宗教団体や、閉鎖的な田舎町の濃密過ぎる人間関係、やる氣がなさそうなのに妙なところに熱心で不良の癖に非常に知的でもある主人公の探偵、などの描写に独特の雰囲気があつて、ぐいぐい讀ませる。そして、その末にとんでもないところに連れて來られる。それを煙幕だと見做せばその見事さは、ミスディレクションなどと言ふ小手先の技術を越えてゐて、その意味では、ニューロティックスリラーと本格ものの驚くべき融合と言へなくもない。