「夫子憮然曰、鳥獣不可與同羣。吾非斯人之徒與、而誰與。
「論語」微子、第十八、六

2015/03/04

春の陽気

朝方に随分雨が降っていたようだ。朝は寒いくらいだったが、ぐんぐんと気温が上がり、昼間はまさに春。調子が悪いのは確かなのだが、寒暖差のせいなのか、体調のせいなのか、花粉のせいなのか、単に眠いのか、良く分からない。

水曜日なのでお弁当作りは休み。昼食は神保町の洋食屋にて。

夕方退社。帰宅して風呂に入ってから夕食の支度。油揚げに葱を詰めて網で焼き、冷酒を一合ほど。長葱と蒲鉾入りの玉子丼。パイナップルを少々。

2015/03/03

汽車旅

また冬に戻って寒い一日。ミーティングが朝、昼、夕方と続き、やや疲労。

昼休みの散歩の途中に新刊書店で「汽車旅の酒」(吉田健一著/中公文庫)を買う。「旅行をする時は、気が付いて見たら汽車に乗っていたという風でありたいものである」。まったくそういう風でありたいものであるなあ……(遠い目)。

帰宅して夕食の支度。また板わさで冷酒を五勺。塩鮭、焼き海苔、卵かけ御飯、油揚げと長葱の味噌汁。食後にパイナップルを少々。夜は「恐怖の谷」(A.C.ドイル著/阿部知二訳/創元推理文庫)を読んだり。

2015/03/02

池田弥三郎「私の食物誌」

寝坊して、月曜日はやはり低調だなあと思いつつ、寝室から居間へ。カサブランカは随分と持ってくれたが、そろそろ終了の気配。慌てて朝食を澄ませ、お弁当を支度して、出勤。また春の陽気でコートがいらないくらい。冬と春を行ったり来たりの上に、花粉症のシーズンも開始で、オフィスでは体調を崩している人が多い。

昼休みに、古本屋で「私の食物誌」(池田弥三郎著/新潮文庫)を二百円で買った。一年三百六十五日の一日毎に、暮らしの中の食べ物の話を四季の風物や人々との交遊の回想を交え、一ページずつ書いたもの。なかなか味のある本である。しかし、こういうおっとりとした本は時世にあわないのだろう、とうに品切れして古本屋でしか手に入らない。

ちなみに今日の三月二日は「ひしもち」。「節句」は「節供」と書くのが正しい、という柳田国男の説から始まって、三月三日や上巳の祓えとひしもちとの関係はよく分からないが、山中共古によれば儀式の本家の小笠原家の紋によったものかも知れない、などということが書かれている。また、民俗学では鏡餅もちまきも菱餅も全て、心臓を象ったものとされているそうである。

帰宅して風呂に入ってから夕食の支度。板わさで冷酒を五勺ほど飲みつつ、一日の反省。板わさはいいね。のち、塩鮭を焼いて、御飯、油揚げと葱の味噌汁の一汁一菜。食後にパイナップルを少し。

2015/03/01

蛤と深川丼

7 時起床。昨日の食事が荒れていたので、今日の朝食はヨーグルトと珈琲のみ。昼食はポテトサラダと、帆立のカレーライス、白ワインを一杯だけ。

冷たい雨の中、外出したくはなかったのだが、冷蔵庫が空なのでしようがない。食材の買い出しに近くのスーパーに行く。雛祭りの御澄まし用にびっくりするくらい高価な蛤がずらりと並んでいるのを横目に、浅蜊の剥き身を少量買う。

夕食は板わさで冷酒を五勺ののち、深川丼(浅蜊と長葱)。深川丼とは貝類と葱の汁かけ御飯である。最近は浅蜊が普通だと思うが、元来は青柳を使ったもので、下層労働者向けのファーストフードだったそうだ。また、確か池波正太郎が蛤の深川丼について書いていたはずだ、と思い書架を調べてみた。

池波氏が書くには、昔は陰暦三月三日の雛節句から仲秋の八月十五夜まで蛤を口にせぬのがならわしだったため、ゆえに、蛤には逝く春を惜しむ風情がある、とのことである。昔は蛤は庶民の食べ物で、池波氏が子供の頃は、蛤の炊き込み御飯や深川丼を良く食べさせられたそうだ。しかし、昭和五十五年の文章に既に、「いまの蛤は、何しろ高い。とても庶民の口には入らぬ。(……中略……)それほどに、蛤らしい蛤が滅びつつあるわけだろう。」とお書きになっている。蛤の深川丼はうまいだろうなあ。