いつもの納豆定食のあと、``Wheelock's Latin" の演習問題を解き、Aaronson ``Quantum computing since Democritus" のデコヒーレンスと「隠れた変数」のところを讀んでから、今日は何をしようかなあ……としばらく考へてのち、出勤。既にお呼びでない氣もするが、今週一杯は通勤費をもらつてゐることだし、少しだけ殘務もないではないので。
午後すぐに退社して、神保町へ。古本屋で SF 本を色々購入。「ウェルズ SF 傑作集 1, 2」(H.G.ウェルズ著/阿部知二訳/創元推理文庫)、「人類皆殺し」(T.M.ディッシュ著/深町真理子訳/ハヤカワ文庫)、「ノーストリリア」(コードウェイナー・スミス著/浅倉久志訳/ハヤカワ文庫)、「祈りの海」(G.イーガン著/山岸誠編・訳/ハヤカワ文庫)、「あなたの人生の物語」(T.チャン著/浅倉久志、他訳/ハヤカワ文庫)。SF をちよつと研究してみようと思つて。珈琲屋で一服してから歸る。
歸宅して、懸案だったサンセヴェリアの植ゑ替へ作業。一回り大きめの鉢へ。なかなか可愛いものだ。
夕方風呂に入つてから夕食の支度。冷奴で冷酒を五勺、のち博多ラーメン(風ラーメン)。夜は「沈んだ世界」(J.G.バラード著/峰岸久訳/創元SF文庫)を讀む。これは真夏に讀む方が雰囲気が出るのだらうが、逆に耐へられないかも知れない。
「夫子憮然曰、鳥獣不可與同羣。吾非斯人之徒與、而誰與。」
「論語」微子、第十八、六
2017/03/30
2017/03/27
「地球の長い午後」
今週は冷たい雨の朝から始まり。春はもう少し先のやうだ。夕方退社。午後から晴れだしたが、やはり空気は冬の冷たさ。
「地球の長い午後」(B.W.オールディス/伊藤典夫訳/ハヤカワ文庫)、讀了。筋らしい筋はないのだが、人類の遠い遠い未來を描く想像力と、植物に呪はれたやうな世界の創造が凄い。地球も月も既に自転を止めていて、差渡し數マイルもある巨大な蜘蛛状の植物が、地球と月の永遠の晝の間に糸を張つて移動してゐる、なんて無茶苦茶なイメージをどこから思ひついたのやら。
ちなみにタイトルは、アメリカ・ペイパーバック版から訳した「地球の長い午後」より、原題の "Hothouse"(「温室」)の方が趣味が良いと私は思ふ。こんな作品だからこそ、卑近で地味かつコンパクトに「温室」と行きたい。まあ、趣味は人それぞれではあるが。
次の名作 SF を讀もう計画は、終末世界もの續きで、J.G.バラード「沈んだ世界」の予定。バラードは憑かれたやうに世界の終りを何種類も書いてゐるが、「地球の長い午後」の高温多湿感にあはせてみた。
「地球の長い午後」(B.W.オールディス/伊藤典夫訳/ハヤカワ文庫)、讀了。筋らしい筋はないのだが、人類の遠い遠い未來を描く想像力と、植物に呪はれたやうな世界の創造が凄い。地球も月も既に自転を止めていて、差渡し數マイルもある巨大な蜘蛛状の植物が、地球と月の永遠の晝の間に糸を張つて移動してゐる、なんて無茶苦茶なイメージをどこから思ひついたのやら。
ちなみにタイトルは、アメリカ・ペイパーバック版から訳した「地球の長い午後」より、原題の "Hothouse"(「温室」)の方が趣味が良いと私は思ふ。こんな作品だからこそ、卑近で地味かつコンパクトに「温室」と行きたい。まあ、趣味は人それぞれではあるが。
次の名作 SF を讀もう計画は、終末世界もの續きで、J.G.バラード「沈んだ世界」の予定。バラードは憑かれたやうに世界の終りを何種類も書いてゐるが、「地球の長い午後」の高温多湿感にあはせてみた。
2017/03/25
本のバナッハ=タルスキ現象
今日は良い天気だ。果物とヨーグルト、胡瓜のサンドウィッチ、半熟茹で卵、珈琲の朝食。洗濯をしてから、朝風呂。湯船の讀書は「地球の長い午後」(B.W.オールディス/伊藤典夫訳/ハヤカワ文庫)。再讀と思つてゐたが、どうやら初めて。十代の頃、「理科系の文学史」(荒俣宏著/工作舎)の中で紹介されてゐるのを讀んだだけで、本編も讀んだ氣になつてゐたらしい。晝食は焼き空豆とお好み焼きでビール。
午後は本棚の組立て。この前、本を整理して SF 小説のジャンルを独立させたら不思議なことに、並び替へただけで本が増加したやうで(名付けて「本のバナッハ=タルスキ現象」)、100 冊ほど納まらなくなり、SF 文庫本用に小型の本棚を新たに一つ購入。
現在、私は大小あはせて 18 台の本棚を使つてゐる。若干あふれてゐるので、理想的には 20 台以上必要だらう。まだまだ置く場所があるので、増加を特に心配してゐないが、手間ではある。今時の皆さんは本と言へば電子書籍なので、そもそもこんな心配も手間もないだらうが、私のやうな古い人間には樂しい手間だつたりするのである。
夕食は浅蜊の酒蒸し(長葱、三葉)で冷酒を五勺、菜の花のおひたし、新牛蒡と鶏肉の炊き込み御飯、三葉の赤だし。
午後は本棚の組立て。この前、本を整理して SF 小説のジャンルを独立させたら不思議なことに、並び替へただけで本が増加したやうで(名付けて「本のバナッハ=タルスキ現象」)、100 冊ほど納まらなくなり、SF 文庫本用に小型の本棚を新たに一つ購入。
現在、私は大小あはせて 18 台の本棚を使つてゐる。若干あふれてゐるので、理想的には 20 台以上必要だらう。まだまだ置く場所があるので、増加を特に心配してゐないが、手間ではある。今時の皆さんは本と言へば電子書籍なので、そもそもこんな心配も手間もないだらうが、私のやうな古い人間には樂しい手間だつたりするのである。
夕食は浅蜊の酒蒸し(長葱、三葉)で冷酒を五勺、菜の花のおひたし、新牛蒡と鶏肉の炊き込み御飯、三葉の赤だし。
2017/03/21
「砂漠の惑星」
やはりまだ冬だつたのか、と思はせる冷たい雨の一日。ラテン語の演習問題を解き、量子計算によるデータベース検索の効率について讀み、少し小説を讀んでから出勤。いつものやうに仕事。夕方ミーティングがあつたので少し遅い歸宅。
「砂漠の惑星」(S.レム著/飯田規和訳/ハヤカワ文庫)、讀了。もちろんポーランド語が讀めないので翻訳を通しての印象だが、レムの文章は讀み難い。とは言へ、好きな作家である。SF 作家の中では一番好きかも。「砂漠の惑星」も傑作だと思ふ。同じくファーストコンタクト主題の古典である「ソラリス」などよりも普通の(?) SF らしく、ストレイトに表現されてゐるのが好ましい。ただしこのアイデアは、現代から見ればやや陳腐かも知れない。しかしそれは、レムの先進性が漸くコンセンサスとして認められた、といふ面が大きいのでは。
次の「週末に名作 SF を讀もう」企画は、ブライアン・W・オールディス「地球の長い午後」の予定です。
「砂漠の惑星」(S.レム著/飯田規和訳/ハヤカワ文庫)、讀了。もちろんポーランド語が讀めないので翻訳を通しての印象だが、レムの文章は讀み難い。とは言へ、好きな作家である。SF 作家の中では一番好きかも。「砂漠の惑星」も傑作だと思ふ。同じくファーストコンタクト主題の古典である「ソラリス」などよりも普通の(?) SF らしく、ストレイトに表現されてゐるのが好ましい。ただしこのアイデアは、現代から見ればやや陳腐かも知れない。しかしそれは、レムの先進性が漸くコンセンサスとして認められた、といふ面が大きいのでは。
次の「週末に名作 SF を讀もう」企画は、ブライアン・W・オールディス「地球の長い午後」の予定です。
2017/03/20
「幼年期の終り」とバッハ
明日からバルコニーの洗浄と塗装が始まるのでその準備をしたり、本を整理したり。私の書庫の分類では、小説部門は「ミステリ」「それ以外」の二つにしか分かれていなかつたのだが、「SF」を新設してみた。
昨日、「幼年期の終り」(A.C.クラーク著/ 福島正実訳/ハヤカワ文庫)を讀了。ああ確かにかう言ふ話だつたよね、とストーリィを確認する読み方になつてしまつた。その意味では、再讀に耐へない傑作の一つかも知れない。また、そのテーマが現代 SF の視点からすれば陳腐かも知れない。しかし、その思弁の深さ、先駆性、ユーモア、小説としての完成度を総合して、私が言ふまでもなくベストテン級。少なくとも発表時点では、特に欧米人にとつて、衝撃的だつたのではないか。
それはさておき、再讀すると、すつかり忘れてゐた細部に妙に感心することがある。例えばこの「幼年期」だと、地球に一人殘された男が毎日バッハを聞いたり、ピアノで弾いたりしながら最期の日々を暮らすところの描写とか。ふと月を眺めて、月の自転の變化に気付くところとか。
「幼年期の終り」の次は、「砂漠の惑星」(S.レム著/飯田規和訳/ハヤカワ文庫)を讀んでゐる。
昨日、「幼年期の終り」(A.C.クラーク著/ 福島正実訳/ハヤカワ文庫)を讀了。ああ確かにかう言ふ話だつたよね、とストーリィを確認する読み方になつてしまつた。その意味では、再讀に耐へない傑作の一つかも知れない。また、そのテーマが現代 SF の視点からすれば陳腐かも知れない。しかし、その思弁の深さ、先駆性、ユーモア、小説としての完成度を総合して、私が言ふまでもなくベストテン級。少なくとも発表時点では、特に欧米人にとつて、衝撃的だつたのではないか。
それはさておき、再讀すると、すつかり忘れてゐた細部に妙に感心することがある。例えばこの「幼年期」だと、地球に一人殘された男が毎日バッハを聞いたり、ピアノで弾いたりしながら最期の日々を暮らすところの描写とか。ふと月を眺めて、月の自転の變化に気付くところとか。
「幼年期の終り」の次は、「砂漠の惑星」(S.レム著/飯田規和訳/ハヤカワ文庫)を讀んでゐる。
2017/03/18
再讀
2017/03/17
starling pie
「古楽の楽しみ」のリクエスト特集、ヘンデルのハープシコード組曲など夢現に聞きながら迎える金曜日の朝。平日いつもの納豆定食、ラテン語、量子計算の後、改修工事の騒音に送られて出勤。
いつもと同じやうに夕方退社。歸宅してまずお風呂。湯船で "Too Many Clients" (R.Stout / Bantam) を讀む。ネロ・ウルフとアーチーが「今年はいくつ ``starling" が欲しいか」という農場からの手紙に「40」と返す場面があり(「なぜなら通常、ウルフは ``starling pie" が出る晩餐にはゲストを二人呼ぶからだ」)、お風呂から出て辞書をひく。
風呂上がりに、庶民はゲイムやジビエなんてものに縁がなく、おみやげの韮レバ炒めと焼き餃子でヱビスの白ビール。嗚呼、美味しい。三連休の前の金曜日の夜つて素晴しい。しかし、この喜びは平日があるせゐなのかも知れないなあ……としみじみ。よーし今日は夜更かしして、「にっぽんの芸能」観ちやふぞ。
いつもと同じやうに夕方退社。歸宅してまずお風呂。湯船で "Too Many Clients" (R.Stout / Bantam) を讀む。ネロ・ウルフとアーチーが「今年はいくつ ``starling" が欲しいか」という農場からの手紙に「40」と返す場面があり(「なぜなら通常、ウルフは ``starling pie" が出る晩餐にはゲストを二人呼ぶからだ」)、お風呂から出て辞書をひく。
starling noun a common bird with dark shiny feathers and a noisy call. (Oxford Advanced Learner's Dictionary, 6th Ed.)
starling n [鳥] ムクドリ,《特に》ホシムクドリ.(リーダーズ英和辞典 第2版/研究社)なるほど、ムクドリのパイか……おそらくゲイムの類であらう。そして、ネロ・ウルフは一年間に 10 回程度、ムクドリのパイを食べるものと推測される。
風呂上がりに、庶民はゲイムやジビエなんてものに縁がなく、おみやげの韮レバ炒めと焼き餃子でヱビスの白ビール。嗚呼、美味しい。三連休の前の金曜日の夜つて素晴しい。しかし、この喜びは平日があるせゐなのかも知れないなあ……としみじみ。よーし今日は夜更かしして、「にっぽんの芸能」観ちやふぞ。
2017/03/15
「横断」
往きの車中で玉上「源氏物語」の第九巻讀了。歸りの車中で「横断」(D.フランシス著/菊池光訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)、讀了。
「横断」は競馬シリーズ第 27 作目。今回はド派手な設定で、大陸横断ミステリ競馬列車なるものが舞台。馬と競馬の大物関係者を乗せて競馬場各地を巡りながらカナダを横断する大旅行イベントだ。その車中では娯楽の一つとしてミステリの芝居が現実を舞台に演じられる。そこに競馬界の大悪党が邪悪な陰謀を秘めて、客の一人として乗車するという情報が。一方、主人公はその企みを阻止するため、保安部員(そして大富豪でもある)の身分を隠し、ウェイター(を演じる俳優)として乗り込むのだった……
派手な設定のわりに地味な話ではある。本格ミステリ作家なら、いくらでも趣向を盛り込めただらうが、特に舞台の特殊性が(ミステリ的意味では)生かされない。また、主人公像はやはりいつもと同じ。賢く、強く、清く、正しく、忍耐強く、高潔で、ブリティッシュなスポーツマン。さらに今回は特に理由なく、遺産相続による大富豪。莫大な遺産に背を向け、道楽でジョッキークラブの保安部員をしているのである。しかし荒唐無稽な感じを受けないところは流石だが。
色々言ひたいことはあるが、最初から最後まで一級の娯楽作品として、樂しくすらすらと讀めるのは確か。偉大なるかな、マンネリ藝。
「横断」は競馬シリーズ第 27 作目。今回はド派手な設定で、大陸横断ミステリ競馬列車なるものが舞台。馬と競馬の大物関係者を乗せて競馬場各地を巡りながらカナダを横断する大旅行イベントだ。その車中では娯楽の一つとしてミステリの芝居が現実を舞台に演じられる。そこに競馬界の大悪党が邪悪な陰謀を秘めて、客の一人として乗車するという情報が。一方、主人公はその企みを阻止するため、保安部員(そして大富豪でもある)の身分を隠し、ウェイター(を演じる俳優)として乗り込むのだった……
派手な設定のわりに地味な話ではある。本格ミステリ作家なら、いくらでも趣向を盛り込めただらうが、特に舞台の特殊性が(ミステリ的意味では)生かされない。また、主人公像はやはりいつもと同じ。賢く、強く、清く、正しく、忍耐強く、高潔で、ブリティッシュなスポーツマン。さらに今回は特に理由なく、遺産相続による大富豪。莫大な遺産に背を向け、道楽でジョッキークラブの保安部員をしているのである。しかし荒唐無稽な感じを受けないところは流石だが。
色々言ひたいことはあるが、最初から最後まで一級の娯楽作品として、樂しくすらすらと讀めるのは確か。偉大なるかな、マンネリ藝。
2017/03/11
「縞模様の霊柩車」
チアシード入りのヨーグルト、黒パンを二切れ、スクランブルドエッグ、珈琲の朝食ののち身支度をして、定例のデリバティブ研究部会自主ゼミへ。 Littlewood-Paley-Stein の不等式の証明の續き。ゼミ後のランチでは、海鮮かた焼きそば。
歸宅して、午後の殘りは「縞模様の霊柩車」(R.マクドナルド著/小笠原豊樹訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)を讀んだりして、のんびり過す。夕食はタイ風の春雨サラダとカレーで、ビール。タイ(風)料理はやはりビールであるなあ。食後に果物を少し。
夜も「縞模様の霊柩車」。讀了。なるほどうまい。ハードボイルドでもあり、本格でもあり、これほど少ない登場人物でここまで複雑な綾を作れるのは流石。文章もチャンドラーよりうまいくらい。しかし、不思議と登場人物に、特に主人公のリュウ・アーチャーに、魅力がない。深みがない。しかしそれがロス・マクドナルドの個性であって、短所ではないのだが。
歸宅して、午後の殘りは「縞模様の霊柩車」(R.マクドナルド著/小笠原豊樹訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)を讀んだりして、のんびり過す。夕食はタイ風の春雨サラダとカレーで、ビール。タイ(風)料理はやはりビールであるなあ。食後に果物を少し。
夜も「縞模様の霊柩車」。讀了。なるほどうまい。ハードボイルドでもあり、本格でもあり、これほど少ない登場人物でここまで複雑な綾を作れるのは流石。文章もチャンドラーよりうまいくらい。しかし、不思議と登場人物に、特に主人公のリュウ・アーチャーに、魅力がない。深みがない。しかしそれがロス・マクドナルドの個性であって、短所ではないのだが。
2017/03/06
ロスマク
朝からバルコニーのタイル撤去作業。晝間は働いてゐるので、朝に時間を盗んで小分けにやるしかない。あと數日で片付けられるかなあ……と思ひつつ、今日も腰弁で出社する丈夫なだけが取り柄の愉快なアラフィフ男子だつた。
夕方退社。古本屋に注文した「縞模様の霊柩車」(R.マクドナルド著/小笠原豊樹訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)が届いてゐた。マーガレット・ミラーを讀んだついでに、「さう言へば、ロスマクだつて『さむけ』くらゐしか讀んでないぞ」と思つたので。新刊が品切れになつてゐることに驚きつつも、古本屋で購入。ちなみに「ウィチャリー家の女」も品切れだつた。ロス・マクドナルドですら「さむけ」以外の代表作は品切れと言ふ事態に、無常感。しかし自分だつて「さむけ」しか讀んでゐなかつたので、文句を言へる筋合ひではない。
「縞模様」は週末に一気に讀む予定。早く週末にならないかなあ……と思ひつつ、湯船で "Too Many Clients" (R.Stout / Bantam)の續きを讀む。
夕方退社。古本屋に注文した「縞模様の霊柩車」(R.マクドナルド著/小笠原豊樹訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)が届いてゐた。マーガレット・ミラーを讀んだついでに、「さう言へば、ロスマクだつて『さむけ』くらゐしか讀んでないぞ」と思つたので。新刊が品切れになつてゐることに驚きつつも、古本屋で購入。ちなみに「ウィチャリー家の女」も品切れだつた。ロス・マクドナルドですら「さむけ」以外の代表作は品切れと言ふ事態に、無常感。しかし自分だつて「さむけ」しか讀んでゐなかつたので、文句を言へる筋合ひではない。
「縞模様」は週末に一気に讀む予定。早く週末にならないかなあ……と思ひつつ、湯船で "Too Many Clients" (R.Stout / Bantam)の續きを讀む。
2017/03/04
「まるで天使のような」
一昨日と昨日の移動の車中で、「まるで天使のような」(M.ミラー著/黒原敏行訳/創元推理文庫)を讀了。最近、「田村隆一ミステリーの料理事典」(三省堂)を讀んで、意外と讀み殘してゐる古典的名作があるものだな、と思つたことが切掛け。マーガレット・ミラーなんか一作も讀んでゐないぞ、と。
マーガレット・ミラーと言へば、ロス・マクドナルド夫人で、ニューロティックかつ恐怖小説的なスリラーが得意、くらゐが私の全ての知識だつた。私はその手の作風があまり好きではないので、未讀のままになつてゐたのだらう。
「まるで天使のような」は流石、名作と言はれるだけのことはあつた。もちろんベストテン級ではないし、ベスト 100 級ですらないかも知れないが、この幕切れの印象深さは素晴しい。欠点は、この新訳版のあとがきで我孫子武丸氏も書いてゐるやうに、事件が「極めて地味」で、ぼんやりとしてサスペンスも薄いことだらうか。しかも、(ここが味噌でもあると私は思ふのだが)、事件だけを箇条書きのやうに書き下すと、讀者の誰でも真相に気付いてしまふだらうと思ふほど、単純。
しかし、山中に隠棲する新興宗教団体や、閉鎖的な田舎町の濃密過ぎる人間関係、やる氣がなさそうなのに妙なところに熱心で不良の癖に非常に知的でもある主人公の探偵、などの描写に独特の雰囲気があつて、ぐいぐい讀ませる。そして、その末にとんでもないところに連れて來られる。それを煙幕だと見做せばその見事さは、ミスディレクションなどと言ふ小手先の技術を越えてゐて、その意味では、ニューロティックスリラーと本格ものの驚くべき融合と言へなくもない。
マーガレット・ミラーと言へば、ロス・マクドナルド夫人で、ニューロティックかつ恐怖小説的なスリラーが得意、くらゐが私の全ての知識だつた。私はその手の作風があまり好きではないので、未讀のままになつてゐたのだらう。
「まるで天使のような」は流石、名作と言はれるだけのことはあつた。もちろんベストテン級ではないし、ベスト 100 級ですらないかも知れないが、この幕切れの印象深さは素晴しい。欠点は、この新訳版のあとがきで我孫子武丸氏も書いてゐるやうに、事件が「極めて地味」で、ぼんやりとしてサスペンスも薄いことだらうか。しかも、(ここが味噌でもあると私は思ふのだが)、事件だけを箇条書きのやうに書き下すと、讀者の誰でも真相に気付いてしまふだらうと思ふほど、単純。
しかし、山中に隠棲する新興宗教団体や、閉鎖的な田舎町の濃密過ぎる人間関係、やる氣がなさそうなのに妙なところに熱心で不良の癖に非常に知的でもある主人公の探偵、などの描写に独特の雰囲気があつて、ぐいぐい讀ませる。そして、その末にとんでもないところに連れて來られる。それを煙幕だと見做せばその見事さは、ミスディレクションなどと言ふ小手先の技術を越えてゐて、その意味では、ニューロティックスリラーと本格ものの驚くべき融合と言へなくもない。
2017/03/01
花さく春に
三月弥生である。今日も朝から夕方までほどほどに働いて、とぼとぼと歸る。歸り道の花屋で桃の花が目に留まつたので、蕾が多めの枝を三本ほど買ひ求める。春が近いと思ふと、縮んでゐた心も延びるやうだ。
歸宅して風呂に入つてから夕食の支度。切干し大根の煮物、大根と人参の寒天寄せ、湯葉の刺身で冷酒を五勺。のち、三月に入つたことを祝ひ、歸路で買つた握り鮨。桃を愛でつつ、冷酒をもう少し。
愛読書の「和漢朗詠集」(三木雅博訳注/角川ソフィア文庫)によれば、桃は中国の花と言ふイメージが強く、梅や櫻に比べて和歌に詠まれない、と、三千年になるといふ桃の今年より花さく春にあひそめにけり、の歌の註釈にある。確かにそれはさうかも知れないが、桃の節供も近いことだし。
歸宅して風呂に入つてから夕食の支度。切干し大根の煮物、大根と人参の寒天寄せ、湯葉の刺身で冷酒を五勺。のち、三月に入つたことを祝ひ、歸路で買つた握り鮨。桃を愛でつつ、冷酒をもう少し。
愛読書の「和漢朗詠集」(三木雅博訳注/角川ソフィア文庫)によれば、桃は中国の花と言ふイメージが強く、梅や櫻に比べて和歌に詠まれない、と、三千年になるといふ桃の今年より花さく春にあひそめにけり、の歌の註釈にある。確かにそれはさうかも知れないが、桃の節供も近いことだし。
2017/02/23
ビッグ4
朝はあたたかい雨。今日はまた二十度近くまで気温が上がるらしい。平日お決まりの納豆定食の朝食のあと、いつものやうに少しラテン語の勉強をして、少しだけ ``Quantum Computing since Democritus" (S.Aaronson / Cambridge University Press)を讀み、出勤。
夕方いつもの時間に退社。歸宅して風呂に入つてから夕食の支度。大根と牛筋の煮込み、出來合ひの焼き餃子でワインを一杯だけ。のち、牛筋でとつただしの煮麺。
夜はなぜかふと思ひ立つて、「ビッグ4」(A.クリスティ著/中村妙子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)を讀む。名探偵ポアロが、世界制覇を企む謎の四人組「ビッグ4」と戰ふ。その四人は、中国はもちろん世界の策謀の全てを影で操る陰謀の大天才の中国人、世界有数の大富豪であるアメリカ人、ベクレルとキュリー夫人の再来とも呼ばれる天才科学者のフランス人女性、ポアロすら殺人の芸術家と舌を巻く天才的暗殺者のイギリス人である。聞くからに馬鹿馬鹿しい、クリスティ畢生の駄作として名高い逸品。しかし私は何故かこの作品が好きだ。猫マーク(スリラー、サスペンス)の創元推理文庫版「謎のビッグ・フォア」(A.クリスチィ著/厚木淳訳)も持つてゐるくらゐ。
夕方いつもの時間に退社。歸宅して風呂に入つてから夕食の支度。大根と牛筋の煮込み、出來合ひの焼き餃子でワインを一杯だけ。のち、牛筋でとつただしの煮麺。
夜はなぜかふと思ひ立つて、「ビッグ4」(A.クリスティ著/中村妙子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)を讀む。名探偵ポアロが、世界制覇を企む謎の四人組「ビッグ4」と戰ふ。その四人は、中国はもちろん世界の策謀の全てを影で操る陰謀の大天才の中国人、世界有数の大富豪であるアメリカ人、ベクレルとキュリー夫人の再来とも呼ばれる天才科学者のフランス人女性、ポアロすら殺人の芸術家と舌を巻く天才的暗殺者のイギリス人である。聞くからに馬鹿馬鹿しい、クリスティ畢生の駄作として名高い逸品。しかし私は何故かこの作品が好きだ。猫マーク(スリラー、サスペンス)の創元推理文庫版「謎のビッグ・フォア」(A.クリスチィ著/厚木淳訳)も持つてゐるくらゐ。
2017/02/22
ヤングマン
今日もかなり寒い。いつものやうに働いて、夕方退社。最近の歸りの車中の讀書は「横断」(D.フランシス著/菊池光訳/ハヤカワ文庫)。
この小説の中に、年配の女性が若い主人公のことを「ヤングマン」と呼ぶところがある。確か、同著者同訳者の「告解」の中でも、引退した老教授が主人公をヤングマンと呼ぶ箇所があつた。おそらく凡庸な訳者ならば、「お若い方」とか「若いの」とか訳すものだと思ふが、これをそのまま「ヤングマン」とするセンスが流石、菊池光。
私もそろそろ(無駄に)経験豊かな老人として若者と話す歳になつて來たので、是非、これを使つてみたい。「それが人工知能だと? アラン・チューリングの二番目に有名な論文を御存知かな、ヤングマン」とか、「インタネット? ほんの半世紀ほど前のことだがテッド・ネルソンと言ふ男がザナドゥ計画と言ふものを唱へておつたのぢやよ、ヤングマン」とか。
この小説の中に、年配の女性が若い主人公のことを「ヤングマン」と呼ぶところがある。確か、同著者同訳者の「告解」の中でも、引退した老教授が主人公をヤングマンと呼ぶ箇所があつた。おそらく凡庸な訳者ならば、「お若い方」とか「若いの」とか訳すものだと思ふが、これをそのまま「ヤングマン」とするセンスが流石、菊池光。
私もそろそろ(無駄に)経験豊かな老人として若者と話す歳になつて來たので、是非、これを使つてみたい。「それが人工知能だと? アラン・チューリングの二番目に有名な論文を御存知かな、ヤングマン」とか、「インタネット? ほんの半世紀ほど前のことだがテッド・ネルソンと言ふ男がザナドゥ計画と言ふものを唱へておつたのぢやよ、ヤングマン」とか。
2017/02/18
おでん
十時間寢て八時起床。百合に水をやり、サンセベリアを点検し、猫に水とキャットフードをやり、自分に果物とチアシード入りヨーグルトとクロワサンと茹で卵と珈琲をやり、おまけに猫に「ちゅ〜る」をやる。マタタビ系のものでも含有してゐるのか、この吸引力は怪し過ぎる。
朝風呂に入つて、湯船で "Too Many Clients"(R.Stout / Bantam Books)を讀む。時々、この時代の米俗語が分からないが、イネスに比べれば遥かに読み易い。しかしスタウトは時折かなりひねつた表現をするので、頭の体操になる。序盤は快調。
銀行口座の残高が心許無いウルフ一家。ウルフが鯨飲するビールと美食と蘭の費用、料理人フリッツと蘭の世話係セオドアと部下アーチーの給料をやりくりしなければならない上、納税の時期まで迫つてゐる。ウルフ家の経済に心を痛めるアーチー(ここまでシリーズのお約束)。そこに待望の依頼人が来訪。依頼人イェーガーは大会社の役員で、今夜、自宅から指定の場所まで行く間に、誰かに尾行されないか見張つて欲しいと言ふ。段取りしたアーチーは、依頼人が自宅から出かけるのを待つが、誰も現れない。イェーガーは既に殺されてゐたのだ。しかし、被害者の写真を見ると依頼人とは別人、つまり、依頼人はイェーガーを名乗る偽者だつたのだ。何がどうなつてゐるのか……と言ふところまで。
晝食は土曜日お決まりのお好み焼きとビール。これが私の小確幸。食後に少し晝寢をしてから、午後は原稿の推敲仕事と、夕食のおでんの仕込み。お三時にシュークリームと珈琲。夕方再び風呂に入つてから夕食の支度。おでんで冷酒を一合ほど。のち、おでんのだしをのばして味噌で少し味を整へ、油揚と葱を刻み入れて煮麺。
朝風呂に入つて、湯船で "Too Many Clients"(R.Stout / Bantam Books)を讀む。時々、この時代の米俗語が分からないが、イネスに比べれば遥かに読み易い。しかしスタウトは時折かなりひねつた表現をするので、頭の体操になる。序盤は快調。
銀行口座の残高が心許無いウルフ一家。ウルフが鯨飲するビールと美食と蘭の費用、料理人フリッツと蘭の世話係セオドアと部下アーチーの給料をやりくりしなければならない上、納税の時期まで迫つてゐる。ウルフ家の経済に心を痛めるアーチー(ここまでシリーズのお約束)。そこに待望の依頼人が来訪。依頼人イェーガーは大会社の役員で、今夜、自宅から指定の場所まで行く間に、誰かに尾行されないか見張つて欲しいと言ふ。段取りしたアーチーは、依頼人が自宅から出かけるのを待つが、誰も現れない。イェーガーは既に殺されてゐたのだ。しかし、被害者の写真を見ると依頼人とは別人、つまり、依頼人はイェーガーを名乗る偽者だつたのだ。何がどうなつてゐるのか……と言ふところまで。
晝食は土曜日お決まりのお好み焼きとビール。これが私の小確幸。食後に少し晝寢をしてから、午後は原稿の推敲仕事と、夕食のおでんの仕込み。お三時にシュークリームと珈琲。夕方再び風呂に入つてから夕食の支度。おでんで冷酒を一合ほど。のち、おでんのだしをのばして味噌で少し味を整へ、油揚と葱を刻み入れて煮麺。
2017/02/16
依頼人が多過ぎる
今日、明日は随分温かくなると聞いてゐたが、朝はそれほどでもない。今朝から車中の玉上「源氏物語」は第九巻、「早蕨」の帖に入つた。通勤時間で全十巻を讀み終へる目論見だが、どうなるか。
夕方退社して歸宅。まづ風呂。湯船の讀書は、今日から "Too Many Clients"(R.Stout / Bantam Books). 言はずと知れたネロ・ウルフもの。私はかなり好きなシリーズなのだが、何故か日本ではあまりうけず、翻訳もあまりされてゐない。私の知る限りでは、レックス・スタウトを絶賛してゐたミステリ評論家は中島梓(栗本薫)くらゐではないか。(まあ、彼女の視点がある意味、腐つてゐたのかも知れないが。)私は老後の楽しみとして、このシリーズの未訳本を讀んで行く予定である。
夕食の支度。筍と蒸し鶏の和へものでワインを一杯だけ。のち、親子丼、えのき茸と葱の味噌汁。
夕方退社して歸宅。まづ風呂。湯船の讀書は、今日から "Too Many Clients"(R.Stout / Bantam Books). 言はずと知れたネロ・ウルフもの。私はかなり好きなシリーズなのだが、何故か日本ではあまりうけず、翻訳もあまりされてゐない。私の知る限りでは、レックス・スタウトを絶賛してゐたミステリ評論家は中島梓(栗本薫)くらゐではないか。(まあ、彼女の視点がある意味、腐つてゐたのかも知れないが。)私は老後の楽しみとして、このシリーズの未訳本を讀んで行く予定である。
夕食の支度。筍と蒸し鶏の和へものでワインを一杯だけ。のち、親子丼、えのき茸と葱の味噌汁。
2017/02/15
"The Paper Thunderbolt" とボドリアン図書館
税務署詣でをしてから出勤。普段より少しだけ遅く出社。午後は新宿に往訪。夕方に終了次第、かなり早いがそのまま歸宅。
まづ風呂。湯船の讀書は "The Paper Thunderbolt" (M.Innes / Penguin). 平日毎日、湯船で2、3ページづつ讀んでゐたものが、終に讀了。半年くらゐかかつた。イネスらしいと言へばイネスらしい怪作か。絶対に翻訳もされないだらうし、わざわざ讀む日本人もほとんどゐないと思ふので、あらすじを書いてしまふ。
小悪党が偶然、惡の組織の秘密基地に入り込み、その重大な秘密を盗み出しての長々と續く逃走劇の一方、オックスフォードでは大學関係者たちの失踪事件が発生、この二つのストーリィの焦点は田舎村にある療養施設で、これこそが例の秘密基地。そこでは、人間を対象に邪悪な研究と実験が行はれてゐた。アプルビイ兄妹始め善玉たちは基地を破壊することに成功する。しかし、小悪党が持ち出した「秘密の公式」が書かれた一葉は、ボドリアン図書館の書庫の膨大な書物のどこかに紛れ込んでしまつた。広大な書庫での善玉悪玉の追ひかけつこの末、意外な黒幕が明らかになるのだった。以上。
そもそも始まりの逃走シーンが長い、長過ぎる。意味なく長い。また、秘密基地の強襲に、小悪党の逃走劇に偶然関係した子供たちが自転車隊を組んで仲間入りするところなど、これまた意味のないドタバタもあり、あちこちがイネス風味。最後のボドリアン図書館書庫の場面は、登場人物から「ピラネージのやう」と評される重厚な雰囲気が良し。その他は……特に印象に殘らない。多分、イネスらしい駄作。イネスのマニアか、研究者以外には讀む価値がないと思はれる。
ところで、私はボドリアンの自然科学系の分館には一年ほど日参してゐたが(ちなみに、殺風景かつ現代的な図書館である)、良く考へたら、ボドリアン図書館そのものには一度も足を踏み入れなかつた。残念なことをしたものである。ラドクリフ・カメラに二、三度行つてその雰囲気に満足してしまつたものと思はれる。
まづ風呂。湯船の讀書は "The Paper Thunderbolt" (M.Innes / Penguin). 平日毎日、湯船で2、3ページづつ讀んでゐたものが、終に讀了。半年くらゐかかつた。イネスらしいと言へばイネスらしい怪作か。絶対に翻訳もされないだらうし、わざわざ讀む日本人もほとんどゐないと思ふので、あらすじを書いてしまふ。
小悪党が偶然、惡の組織の秘密基地に入り込み、その重大な秘密を盗み出しての長々と續く逃走劇の一方、オックスフォードでは大學関係者たちの失踪事件が発生、この二つのストーリィの焦点は田舎村にある療養施設で、これこそが例の秘密基地。そこでは、人間を対象に邪悪な研究と実験が行はれてゐた。アプルビイ兄妹始め善玉たちは基地を破壊することに成功する。しかし、小悪党が持ち出した「秘密の公式」が書かれた一葉は、ボドリアン図書館の書庫の膨大な書物のどこかに紛れ込んでしまつた。広大な書庫での善玉悪玉の追ひかけつこの末、意外な黒幕が明らかになるのだった。以上。
そもそも始まりの逃走シーンが長い、長過ぎる。意味なく長い。また、秘密基地の強襲に、小悪党の逃走劇に偶然関係した子供たちが自転車隊を組んで仲間入りするところなど、これまた意味のないドタバタもあり、あちこちがイネス風味。最後のボドリアン図書館書庫の場面は、登場人物から「ピラネージのやう」と評される重厚な雰囲気が良し。その他は……特に印象に殘らない。多分、イネスらしい駄作。イネスのマニアか、研究者以外には讀む価値がないと思はれる。
ところで、私はボドリアンの自然科学系の分館には一年ほど日参してゐたが(ちなみに、殺風景かつ現代的な図書館である)、良く考へたら、ボドリアン図書館そのものには一度も足を踏み入れなかつた。残念なことをしたものである。ラドクリフ・カメラに二、三度行つてその雰囲気に満足してしまつたものと思はれる。
2017/02/09
雪と霙
仕事の手を休めてふと目を上げるとオフィスの窓の外は雪。道理で朝から冷えると思つた。家のクロ(老猫、雑種、雌)とムラサキ(観葉植物、Sansevieria ehrenbergii Samurai)は大丈夫だらうか……と思ふ。西の方は大雪らしい。み吉野の山の白雪つもるらしふるさと寒くなりまさるなり。(是則)
夕方退社。外は、冷たい霙。車中で「ダルジールの死」(R.ヒル著/松下祥子訳/ハヤカワ・ミステリ 1810)を讀了。ダルジールが意識不明の重体のまま、パスコー大活躍の巻。ミステリと言ふよりは大河小説になりつつあるが、後期では出來の良い方か。ダルジール警視シリーズはあと二冊だが、また明日からはディック・フランシス。
歸宅して風呂に入つてから夕食の支度。茹で卵と生野菜のサラダ、牛脛肉のカレー。赤ワインを一杯だけ。今日も何とか無事に過せた。寢るまでに、少し推敲仕事ができれば上々吉。
夕方退社。外は、冷たい霙。車中で「ダルジールの死」(R.ヒル著/松下祥子訳/ハヤカワ・ミステリ 1810)を讀了。ダルジールが意識不明の重体のまま、パスコー大活躍の巻。ミステリと言ふよりは大河小説になりつつあるが、後期では出來の良い方か。ダルジール警視シリーズはあと二冊だが、また明日からはディック・フランシス。
歸宅して風呂に入つてから夕食の支度。茹で卵と生野菜のサラダ、牛脛肉のカレー。赤ワインを一杯だけ。今日も何とか無事に過せた。寢るまでに、少し推敲仕事ができれば上々吉。
2017/01/30
京都の一銭洋食の謎
朝から妙に温かい。これなら鶏も始めて鳥屋につくと言ふものだ。いつもの時間に出社、退社。歸宅して風呂。湯船で「日本三大洋食考」(山本嘉次郎著/旺文社出版部)を讀んでゐると「一銭洋食」が出て来た。
大正と昭和の境目の頃の京都の話なのだが、この「一銭洋食」とはミニサイズの串カツらしいのである。一本一銭を十本単位で売つてゐたとのこと。しかし、私の知る一銭洋食とは、貧しいお好み焼きと言つた感じのものだ。確か、南座の前を縄手通りに入つたあたりにも一銭洋食屋があつて(今もあるはず)、そんな感じのものを売つてゐたから、少くとも現代では、京都でもあれが一銭洋食のはずだ。
しかし、良く考へてみると、ミニサイズの串カツと、葱と紅生姜と竹輪のクレープと、どちらが「一銭洋食」の名前に相応しいだらうか。明らかに、一銭で食べられる洋食料理である前者だ。「一銭洋食」が串カツを指してゐた時代があつたのかも知れない。それとも、山本嘉次郎かその店自体が勘違ひしてゐたのか? 謎である。食文化に詳しい方にご教授願ひたい。
その謎はさておき、この話が出てゐる随筆「ようイーさっさ地蔵盆」は昔の京都の風情がしみじみとして、しかも物凄く美味しさうな文章であるから、一讀をお薦めしたい。
大正と昭和の境目の頃の京都の話なのだが、この「一銭洋食」とはミニサイズの串カツらしいのである。一本一銭を十本単位で売つてゐたとのこと。しかし、私の知る一銭洋食とは、貧しいお好み焼きと言つた感じのものだ。確か、南座の前を縄手通りに入つたあたりにも一銭洋食屋があつて(今もあるはず)、そんな感じのものを売つてゐたから、少くとも現代では、京都でもあれが一銭洋食のはずだ。
しかし、良く考へてみると、ミニサイズの串カツと、葱と紅生姜と竹輪のクレープと、どちらが「一銭洋食」の名前に相応しいだらうか。明らかに、一銭で食べられる洋食料理である前者だ。「一銭洋食」が串カツを指してゐた時代があつたのかも知れない。それとも、山本嘉次郎かその店自体が勘違ひしてゐたのか? 謎である。食文化に詳しい方にご教授願ひたい。
その謎はさておき、この話が出てゐる随筆「ようイーさっさ地蔵盆」は昔の京都の風情がしみじみとして、しかも物凄く美味しさうな文章であるから、一讀をお薦めしたい。
2017/01/22
「野獣死すべし」
休日用の簡単な朝食。三十分ラテン語の勉強をしてから、朝風呂。そのあとは家事とその合間の讀書の一日。珈琲豆を切らしてゐて、三日ぶりに珈琲を飲んだら、物凄く美味しかつた。しかも飲んだ後、三十分くらい頭が妙に冴えてゐた。一日最大でも三杯に止めているのだが、カフェイン中毒なのだらう。禁酒日の前に、禁珈琲日を週に一日くらゐ作るべきかも。晝食は焼きそばとビール、夕食は出來合ひの豚カツでカツ丼と沢庵、毛蟹の殻でだしをとつた味噌汁。
「野獣死すべし」(N.ブレイク著/永井淳訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)、讀了。古典的名作だが、やはり良くできてゐるし、モダンでもある。前半が殺人計画を実行しようとする男の視点での手記、後半は黄金期ミステリらしいスノッブな名探偵が登場しての第三者視点という対照的な構成が、物語の内容と本質的に関係してゐるところが、今讀んでも新しい。
二部あるいは三部構成で語り手や視点を切り替へるミステリ作品はしばしばあるが、その構成を自然に見せることが難しい。また、ミステリである以上、作者の企みが何かあるぞと讀者は身構へて讀む。そして、もちろん企みがあるので、作者としてはさらにハードルが高くなる。その意味で、なかなかこの作品ほどうまく処理できないものだ。
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