「夫子憮然曰、鳥獣不可與同羣。吾非斯人之徒與、而誰與。
「論語」微子、第十八、六

2015/10/04

ワインとイギリス人

今日も特に予定のない一日。家事と読書とクロスワードパズルの類。

朝食はヨーグルト、林檎一つ、珈琲。昼食は玉葱とハムのオムレツ、パンを少し、赤ワインを少し。夕食は、鯛の昆布締めに塩と酢橘で冷酒を五勺、冷奴、蒸し鶏、鶏スープかけ御飯。

「証拠」(D.フランシス著/菊池光訳/ハヤカワ文庫)、読了。今回の主人公はワイン酒屋の主人で、利き酒の名手。私はワイン通ではないので、ワインの銘柄や産地に寄せた微妙な意味合いがとれないところが多々あったかも知れないが、なかなか面白かった。ディック・フランシスの中期以降には、何らかの喪失感を持った主人公が冒険に巻き込まれた結果として本来の自分を取り戻す、というテーマがいくつかあって、多くは初期の傑作と比較して今一つの出来なのだが、「証拠」は成功作のような。

ところで、イギリス人のワインに対する思いは一種独特な面があるように思う。あまり知られていない作品だが、私のお気に入りの「ワインは死の香り」(R.コンドン著/後藤安彦訳/ハヤカワ文庫)でも、そういう印象を持った。それはさておき、「証拠」にも「ワインは死の香り」にも戦争ゲームが出てくる。かなりマニアックな趣味なので、偶然ではないかも知れない。つまり、ディック・フランシスがコンドンの作品にインスパイアされて「証拠」を書いた可能性もあるのではないだろうか。

2015/10/03

東郭先生、命を説く

特に何の予定もない週末。「証拠」(D.フランシス著/菊池光訳/ハヤカワ文庫)、「新釈漢文大系 第22巻 列子」(小林信明訳/明治書院)など。「列子」の「力命」第二章。こんな話が書かれていた。

北宮子が西門子に言うには、君と私とは氏素性も歳も容貌も言うこともすることも皆同じようなのに、君は高い身分と財産を得て皆から尊敬されていて何をしてもうまく行き、一方私は貧乏で身分もなく誰からも認めてもらえず何をしてもうまく行かない。それだからだろう、君は私を軽んじて侮り続けているね。人として自分の方がずっと上だと思っているのだろうか。西門子が答えるには、実際どうかは分からないけど、結果がこうなっていることからして、君と私が違うということを示しているんじゃないかね。それなのに君は、私を君と同じだと言う。ちょっとずうずうしくないかい。

北宮子はこれに答えることができず、がっくりとして帰る途中、東郭先生に会った。先生が、そんなに恥じ入った様子をしてどうした、と訊くので、北宮子は事情を話した。すると先生は、私が言い返してやろうと言って、二人は一緒に西門子のところに行き、再び同じ話を聞いた。先生が西門子に言うには、君は才徳の差を言っているだけだね、しかし私思うに、北宮子は徳は厚いのだが、命が薄い。君は命に厚くて、徳に薄い。君が恵まれているのは智の徳のせいではないし、北宮子が困窮しているのは愚かだからでもない。これは皆、天であって、人ではない。なのに、君は命の厚さを自ら誇り、北宮子は徳の厚さを自ら恥じている。もとからそうであるという理がどちらも分かっていないよ(「皆夫ノ固ヨリ然ルノ理ヲ識ラザルナリ」)。

これを聞いた北宮子は、もうやめて下さい先生、と言って、家に帰った。そのあとも北宮子の境遇は困窮したまま全く変わらなかったが、一生安らかに過し、栄辱が人にあろうが自分にあろうが気にしなかった。それを聞いた東郭先生は、彼は長く寝ていたが一言で目が覚めた、簡単なもんだね、と言った。

2015/10/02

週末

夏休みのあと、もう一つ調子の出ない週だったが、何とか金曜日の夜に辿り着いた。やはり世間に出るのは疲れるものだ。土日は「列子」でも読みながら、のんびり隠棲しよう。

親会社の全体ミーティングのあと、すぐ退社して帰宅。風呂に入ってから夕食の支度。油揚げの葱詰めの網焼き、鮭に玉葱のピクルスで冷酒を五勺。しらす丼と、落とし玉子の澄まし汁。

2015/10/01

列子

往きの車中の「潤一郎訳 源氏物語」(中公文庫)は「玉鬘」の帖に入った。休みボケから少しずつ回復。帰りの車中の読書は「幻の森」(R.ヒル著/松下祥子訳/ハヤカワ・ミステリ 1667)である。

帰宅したら、注文していた「新釈漢文大系 第22巻 列子」(小林信明訳/明治書院)が届いていた。岩波文庫版が品切れで相当の高値がついているし、どうしたものかと思っていたら、「新釈漢文大系」版の古本が千二百円くらいで市場に出ているのを発見したので購入。気軽に鞄に入れられるサイズでないのは残念だが、いい買い物をしたなあ、と思いつつ、夕食後の御茶請けに読む。