「夫子憮然曰、鳥獣不可與同羣。吾非斯人之徒與、而誰與。
「論語」微子、第十八、六

2016/12/15

九勝六敗と立ちどき

いつもと同じ時間に退社。年度末で懸念事項にこと欠かないのだが、今日の私の運勢は一勝一敗と言ふところかなあ……と思ひつつ歸宅。

昔は、麻雀は学生の嗜みだつたので、私もそれで阿佐田哲也の名前を知つてゐるわけだが、彼が書いてゐた言葉で二つ、心に残つてゐることがある。一つは「九勝六敗」、もう一つは「立ちどき」。

彼が言ふには、賭場で氣をつけるべき強敵は、その場で勝ちまくつてゐる奴ではなくて、いつも九勝六敗の奴だ、と。さうは公言しないし、地味で目立たないが、良く見てゐると明らかに九勝六敗を狙つて打つてゐる奴がゐる、それが最強のギャンブラーだ、と。この理論は時に迷信めいた説明だつたり、時には人生論だつたりで良く分からないのだが、私には負け方の理論に思へた。いかに上手に、美しく、怪我をしないで負けるか。私のモットーは、「人生とは一個の撤退戦」と「無事是貴人/無事是名馬」なので、ネガティヴなところに共感したのかも知れない。

また博打は好きなときに立てるなら、つまり、やめて場を抜けられるなら、簡単だ。「旦那」は大勝ちしたところで初めて立つ工夫を考へる。だから、しばらく「張り流し」をして結局、負ける。プロは実際に立つずつと前から考へてゐる。「立ちどき」を目指して場を作つて行く。それが旦那とプロの差だ。勝ち負けの一つ一つは重要でない。プロ同士の戦いは自分の立ちどきを巡る争ひなのだ、と。

風呂に入つてから、夕食の支度。人参のサラダを作り、冷凍してあつたハンバーグ種を焼く。赤ワインを一杯だけ。のち、カルボナーラ。夜は「喰いたい放題」(色川武大著/光文社文庫)を讀む。